視線に燃える夜

視線に燃える夜

夜の街は、湿った夏の香りを纏っていた。気温は落ち着いているのに、アスファルトから這い上がる熱気が、どこか艶やかに彼女の肌を撫でていく。

美樹――三十五歳。街灯に照らされた頬は、まだ二十代の影を残していた。スリムな輪郭、適度な胸のふくらみ。その存在は、年齢という言葉に抗う最後の灯火のように、ぎらついた誇りを孕んでいた。

「……まだ、私、見られたいんだ」

心の奥で揺れる声。今夜の彼女は、ノーパンのまま、ミニスカート一枚で渋谷の街を歩いていた。

最初の一歩には、地面が崩れるような緊張があった。だが数歩も進めば、スカートの裾をくぐる風が冷たく、下腹部に届くたび、血が逆流するように全身が熱を帯びる。

――誰かが気づいているかもしれない。
――でも、見て。お願い、気づいて……。

羞恥と高揚のあわいで、心臓は早鐘を打つ。すれ違う人の瞳は、誰一人として彼女に留まらない。その無関心が、余計に胸を締めつける。

「もっと……見てほしいのに」

思わず足を止めたのは、小さなマンションの前だった。オートロックは開いている。誘われるように中へ入り、人気のないコンクリートの廊下を進む。

静寂。外灯の光が壁に反射し、彼女の影を大きく歪ませる。誰もいないことを確かめた瞬間――スカートに手をかけた。

するり。布が滑り落ちる。夜風に舞うその音さえ、背徳の旋律に思えた。

続けてブラウスのボタンをひとつずつ外す。カチリ、カチリ。小さな音が夜を震わせる。震える指先は、ためらいではなく「まだ終わっていない」と告げていた。

やがて全裸。冷たいコンクリートに素肌を晒す無防備さ。壁に手をつき、呼吸を荒げながら、彼女は思わずつぶやいた。

「……ああ、私、狂ってるのかもしれない……」

怖い。恥ずかしい。
でも、そのどれもが甘い蜜になっていく。理性は「やめろ」と叫んでいるのに、身体は「見てほしい」と疼く。

その時――。

カツン。階段を上る靴音が聞こえた。

誰かが来る。逃げられない。服は遠い。心も身体も、もう後戻りできない。

彼女の唇が、祈りのように震える。

「ねぇ……見て……お願い……まだおばさんになる前に、この身体を……」

その声は、夜に溶けるほど小さく、けれど世界で一番切実だった。

「夜風に晒されたとき、私の中に流れたのは羞恥ではなかった。むしろ、誰にも奪われない焦燥の輝きだった。それは刹那であるほど、美しい。」
—— 作家として、この一瞬の感覚を物語に刻み続けたいと思います。
今後も同様の短編世界を展開してまいりますので、
ご一読いただければ幸いです。